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第七章 エセル -秘密の計画-
本文
「アダク!」
リヒャルトは城の庭でジルにベタベタと付きまとうアダクに笑顔で声を掛け、近寄った。アダクがあからさまに嫌そうな顔をしたのは、ジルとの話の邪魔をしにきたと思ったからだろう。そこまで、リヒャルトのことが嫌いなのだろうか。
「何か?王女殿下。」
にこりと嘘くさい笑顔を見せる。やっぱり、むかつくガキだ。でも、リヒャルトは怒らないと決めた。硬くなった口元をどうにか引き上げて笑顔を作る。
「ねぇ、アダク。まだ、ファイエスが仕事終わらないのですって、もう一度エセルの都を案内してくれないかしら?私、港に言って見たいわ!」
「嫌です。」
アダクは笑顔のまま答える。
「私はジル様とお話をさせて頂くのに忙しいのです。それに、王女殿下に付き合う暇はないと言ったはずですが?」
リヒャルトはそれにうつむく。それに、リヒャルトが泣いているように見えたのだろう。
「泣かないで下さいね。迷惑ですから。」とアダクはまたまた笑顔で返した。
「・・・リヒャルト様?」
ジルが心配そうにリヒャルトへ声を掛ける。と、リヒャルトは満面の笑みを浮かべてアダクに微笑みかけた。
「良いから、行くのよ!」
「っちょ・・・。」
すると、アダクの腕をクラドが勢い良く引っ張り、リヒャルトの後へと連行していく。
「ジルはついてきちゃダメだから!」
唖然としてそれを見送るジルに、リヒャルトは振り向いて釘を指す。
「・・・はい。」
ジルが答えた頃には三人の姿はなかった。
「いいかげんに、放してください!」
アダクは強く捕まれた腕をどうにかほどこうと、クラドの手をひっかく。それに、クラドは相当この少年に頭にきていたのだろう。鋭い目だけで見下ろした。その目にアダクは恐ろしくなって無駄に抵抗をしなくなった。
「何処に行くんですか?」
「港って言ったじゃない。」
リヒャルトは満面の笑みで答えた。笑顔には違いなかったが、あれだけ怒らせるような事を言った自分に向ける笑顔かと思うと安心よりも恐怖心がつのる。けれど、アダクには謝って許しを請うなどプライドが許さなかった。
「分かりました。連れて行きますから、腕を放してください。」
「ダメよ~、アダク。あなた逃げちゃうでしょ?クラドもそう思うよね?」
「あぁ。」
満面の笑顔で話しかける王女。鋭い目と一層低い声で答える美青年。二人の会話が明らかに不気味だった。
「さぁ、行きましょうか。アダク。」
アダクの脳裏に浮かぶのはもう恐怖しかなかった。きっと、この二人にボコボコに殴られる事だろう。これだから、脳みその少ない奴らは・・・と思える余裕が欲しいものだ。
「君がジル=バークス?」
一人庭に残されたジルに声を掛けたのはファイエス=レット=ルグラブだ。その声にジルは振り返り、銀の巻き毛とリヒャルトと同じ青の瞳を目にすると、直ぐさま片膝を立て、頭を落とした。
「これは、ルグラブ卿。お初にお目にかかります。」
「すぐに、私だと気づくとは素晴らしい洞察力だね。王が選んだだけのことはある。それに、私が手配した手配書の意図にもすぐに気づいた。さすがだね。」
本当は手配書で護衛兵を捕らえれば、楽に見つけ出せるだろうと考えていたファイエスだった。けれど、この男は自らこの城に捕まりにきた。一度もあった事のない私の意図に気づくとは。この護衛はそこら辺にいる頭の悪い連中とは違い、この男はそういった面でも使える人物らしい。王も中々の者を見つけたものだ。ジルは「ありがとうございます。」と一礼する。それをファイエスは上から見下ろし笑みを浮かべると「まぁ、堅苦しい事は無しにしようよ!」とファイエスはジルに立つようにと指示した。
「いや、実はね君に少し確認したい事があってね。」
「はい。」
ジルは疑問を抱く時間もなく、すぐに返事を返す。
「君は、いつからリヒャルトと一緒に居るんだ?」
「今年の春、王より命を受けました。」
「槍術の使い手だと聞くが?」
「はい、ラガー将軍の下に居りました。」
「へぇ、ラガー将軍の・・・それは素晴らしい。あっ、いろいろ聞いてしまってすまないね。」
「いえ。」
ジルは淡々とファイエスの質問に答えていく。けれど、ファイエスがジルに一番確認したい問いがあった。
「では、君はリヒャルトとはどういう関係だ?」
「主と従者です。」
当然というようにジルは答えた。先ほどと変わらず、すぐに答えを返す。けれど、もう一度念のために尋ねておく。
「そうか、本当にそれだけなのか?」
「・・・はい。」
ファイエスの念を押した言葉に、ジルがほんのわずかではあるが沈黙を持ったことが、ファイエスの声音を低いものへと変えた。
「・・・今、少し沈黙があったけれど何故だい?もしかして、少しでも悩んだのか?」
「いえ。」
けれど、ジルは少しも顔色を変えない。だが、今まで淡々と答えてきた男の少しの沈黙は大きな意味を持っているように思えてならない。
「悩んだりしたら許さないよ。ジル、君とリヒャルトじゃ吊り合わない。リヒャルトは王族なんだからね。」
「心得ております。」
「じゃあ、リヒャルトが君に誤った事を口にしても正しい道へと導いてくれるのかい?」
「はい。」
まっすぐに、こちらを見て答えるこの男はきっと本当のことを言っている。つまり、今はリヒャルトをその対象としては見ていないのだろう。けれど、この男の心がもし変わりでもしたら、まだ自覚はしていないのだろうが、ジルに思いを寄せているリヒャルトの心を奪い去るには恐ろしい存在だ。念には念を入れておく必要がある。もう、十分と言って良いほど自分は待ったのだ。それなのに、またリヒャルトの心を他の男になど絶対に渡すわけにはいかない。
「感謝するよ、ジル。リヒャルトはね、私の物なんだ。彼女がこの旅を終えたら私の妻になるのだからね。」
「リヒャルト様は、ご承知の事なのですか?」
「いいや、これは王と私の父との間で持ち上がった話なんだ。けれど、私は望んでいる。だから、近々彼女に話すつもりだよ。きっと、彼女は動揺するかもしれないから君にも心得ていて欲しくてね。」
「・・・御意。」
「うわぁ、これが海なのね!私初めて見るわ!」
リヒャルトとクラドはアダクを無理やり引っ張り、街をくだった。途中、ひらけた所から目の前に飛込んできたのは、キラキラと太陽の光を受けて輝くコバルトブルーの海だった。空も美しい水色で目の前全体に広がる青のグラデーションは見事だった。
「あぁ、海ってのも久しぶりだな。潮の香りがプンプンするぜ!」
クラドも先ほどとは変わって爽快な表情を浮かべていた。ただ、その手につかまれたアダク少年だけはムッスと口を結び不服そうだ。
「あっ、下の方に船が見えるわ!一番下まで行って見ましょうよ!」
大きな船をはじめ、無数の船が目に入る。港に近づくと潮の香りを身にまとった力強い男達が、活気よく働いている。魚を買いに来たのだろう商人達も賑わいを見せていた。
「凄いわ!あの船、見てちょうだい!!」
リヒャルトは、はしゃぐ子供のように大きな船の近くへと走りよる。
「ちょっ、待てよ!」
クラドも我慢しきれなかったのだろう。アダクを引っ張って後を追った。
リヒャルトが夢中で大きな船を眺めていると、突然、人にぶつかってしまった。
「こんなとこ突っ立てんじゃねぇよ!!あぶねぇだろ!!」
「ごめんなさい。」
降り注がれる怒声に、リヒャルトは咄嗟に謝る。
「あなたが、見ていなかったからでしょう。」
とアダクがその男に言った。すると、不機嫌そうに振り返ったその男の表情が、緩んでいく。
「・・・おめぇ、アダクか?よう、久しぶりだな~。父さんは寂しかったんだぞ!」
その言葉にリヒャルトとクラドはお互いに顔を見合わせた。たしか、アダクの父は病気で後数日の命ではなかっただろうか。
「・・・、アダクのお父さん?」
リヒャルトはアダクに説明を貰おうと視線を送った。と、アダクが答える前にその男は満面の笑みになってリヒャルトの肩を掴む。
「なんでぇ、アダクの知り合いか!そうならそうと早く言えや!」
「えっ、あっ、すっすみません。」
リヒャルトは少し戸惑いながら訳も分からず謝った。クラドもいまいち信じられないといった様子でその状況をただ眺めていた。
「お父さん、彼女を放していただけませんか?」
「おう?すまん、すまん。」
リヒャルトは混乱してきて頭中パニックに陥っていた。
「そういや何しに、来たんだ?」
「この人達が、船が見たいというものですから。」
とアダクは二人が戸惑っている間に、リヒャルトとクラドを父親に紹介した。
「俺は、トリオットってんだ。アダクの父さんさ!よろしくな!」
さっきから随分驚かされているが、驚くのも無理はないと思う。ファイエスから聞いていたアダクの父親は母親以外にも愛人がいて、アダクのことなんて見てこなかった男で、後数日の命らしい男のはずだった。けれど、実際にトリオットと名乗ったアダクの父は、海の男らしく筋肉も十分にあり、健康そうに肌が焼けた思ったよりも若い男だった。それに何よりも、アダクの事を好きそうに見えるのだ。
「なぁ、あんた達船乗ってみるか?」
と、考えている最中に言われたのだが、そんなおいしい話にはもちろんリヒャルトとクラドは反射的に飛びついていた。
「おい、どうする?」
「分かってるわよ。」
クラドとリヒャルトは船に乗せてもらい、トリオットとアダクが席を外しているうちにと、船の下の青い海を見据えながら小声で話す。
「でも、アダクのお父さんが思ったよりも・・・ううん、全然違う人過ぎて・・・。」
「そうだよな、あれは反則だ。本当に数日の命なのか?」
「まったくよね・・・。それに、まさかお父さんに会っちゃうなんてね。本当は、アダクにお父さんのことを聞き出す段階だったのに・・・。どうしよう。」
「何がです?」
「えっあっ・・アダク!!なんでもないわ!」
後ろから声を掛けたのはアダクだった。リヒャルトは誤魔化すのに必死だ。
「あなた達が考えている事なんて、すぐに分かりますよ。私の父が想像に反していたのでしょう?」
「えっ、あぁ、そりゃ~そうだが。」
クラドは頭をかきながら答える。
「どうせ、私を父に合わせて反抗期を果たさせようとでもお考えでしたか?やはり、馬鹿ですね。」
「バレてるよ・・・。」とクラドが思わず言葉を漏らす。それに、リヒャルトは肘でお腹目掛けて一撃を入れて止める。「うっ・・・。」とクラドの悲痛の声が聞こえたような気がしたけれど、気にせず話を続けた。
「そんな事ないわよ。」
「でも、無駄ですよ。私、反抗期なんかじゃないですから。この性格は地です。ファイエス様に騙されたのではないですか?」
その言葉に、今一度ファイエスの性格を思い出したリヒャルトは「なんですって~!!」と思わず叫んでいた。ファイエスへの怒りの声が青い空と青い海に響き渡った。