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カテゴリー:青春

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(全33話)

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タイトル

2009/07/04

初恋はみのらないらしい


本文



No9 初恋は実らないらしい

「ちょっと翼さん話があるんですけど」
「…………まいど…あり?」

レジにノリ弁を置いて歩みよる嵜。「もか弁」のアルバイト中の翼。
とりあえず「450円」と言って、掌を出された。仕方なしに財布からお金をだす。


本当はこの人に話を訊くのは避けたかった。
できればまだ話の通る華音の姉の柚弥。
その辺の事情に詳しそうな先輩の紗世。何より華音の親友―祈から訊きたかった。

だが三人とも頑として口を割らない。
なんというか…女の友情の守秘義務というやつだと思う。

(「知りたかったら本人に訊け」と口を揃って言うけれどそんなのできるかよ)

あんな辛そうな顔をさせたくはない。
まだ華音にとってはきつい傷跡みたいだったから塩塗りこむようなことしたくはなかった。
聖堂で話したとき、ぽつぽつと語る彼女の様子から、まだ「過去」としてわりきれるものではない傷に思えた。
ならばそのへんの事情を詳しい人間で、更に女の友情に関係ない人と言えば。

「ってわけなんですよ。翼さん」
「……うぅ…寒い」
「って聴いてますか?翼さん」
「………あっ、120円……持ってない?」
「どうぞ」
「まいど……」

自販機に走って缶コーヒーのdossと何かを 購入。で満足そうに帰ってくる。
(だめだ。この翼ペースに流されるな)

「だから…教え」
「おでん缶……飲む?美味いよ……これ」
「どうも」
「うん」

あ、ほんと。パッケージ目玉汁とか書いてあるけど意外と…。

「じゃなくて俺の聴きたいのは!」
「事故のことでしょ……」
「そう…ってなんでわかるんですか?」
「いつか……訊いて来るんじゃないかな……と思った」

本当にこの人。鈍いのか鋭いのか。

「詳しいこと…知らない。
言いたくないな……言ったらなんだかいけない雰囲気……。俺、兄貴だし…
言いたくない…」
「……本人に訊けって…翼さんも言うんですか?」
「……おでん缶……あったかいうち……食べないと…不味い…よ」
「うぉ…はい」

流し込んで食べようとしたが具が半端な大きさのせいでなかなか缶の口からでてこない。
てこずっている間に翼はマイペースに先を進んでいく。

「カノンはせめて取り戻せるものを取り戻したくて…必死だ……」
「…………?」
「カノンは寂しがり屋。ずっと一緒が大好き。でもさ。
バラバラになるのは当たり前…。みんないつまでもずっと一緒なんて…ないから」
「………だからなんて言っ…」
「俺……お前のこと…うんはっきり言って嫌い」
「………」

正面きって言われたのは正直初めてで…しかも真顔で言うからなんとも…。
うん、ショックだ。少し前を行く翼、追う様にだが決して並ばずに歩く嵜。

「嫌いでも何でもいいです。彼女に何があったのか教えてください」
「それは……さっき言ってたよ。俺、ぼやいてたけど」
「聴こえませんでした」
「じゃあもう言わない」
「頼みますって!!!那神もお姉さんの柚弥さんも、
紗世さんも…みんな教えてくれなくて…本人って言ったって聴き難いじゃないですか!
あんな……あんな辛そうな…。っていうか男で…んで事情を知ってそうな人なんて
あなたしかいないんです…!俺、力になるって言ったんだ!手伝うって言ったんだっ!
だから引き下がりません。なんの収穫なしに俺は…帰らないっ」
「…そっか………………お前にしても…あいつらにしても…カノンを泣かせること
 やめてほしかったんだけどな…。踏み込んで…そしてまた傷つけるの?」
「……」
「中途半端は…やめろよ」

冷たい風に乗って…消え入りそうな声だったけど翼には珍しいはっきりした物言いだった。
先を行く翼。嵜からは全く見えない。
どんな顔でそんなことを言っているのだろう。

***

――学園祭の時―
秋人が弁当を持ってきて、その時唐突に出逢ったのが…蹴だった。
色の白い華奢な感じの…悔しいがかなり爽やかな美少年ってやつだった。
秋人が「こいつ調子狂う」と言って手早く退散してしまう。

華音はとっても嬉しそうに迎えてた。
嵜も好感を持って…接してたように自分では思いたい。
だがどうしても我慢できないものがあった。

……だって華音は笑っててもやっぱり思い出してくれないこの蹴を思って心のどっかで
いつも泣いてるんだろ。

そんなあいつは、蹴は笑って華音の傍にいる。能天気にさ。

「最後どうしてあんなふうにしたの?」
訊かれた質問に対して嵜は思わず、不親切に答えた。

「……幸せになる選択を探しただけだ」
って答えて…それから逃げるように蹴と華音を振り切った。
教室に逃げ帰ってそして…ぐにゃぐしゃの気持ちを落ち着かせることに必死だった。

  ――――おかげでまだ華音とまともに顔を合わせて話してない。

なんとなくまた避けていた。きっとすんごく乱暴なことをしてしまいそうにも思えたから。
蹴なんかを忘れさせてやる為に。

「泣かせることなんかしませんよ」
「それ…シュウからもコンからも聴いてた………」
「えっ……」
「二人とも…カノンが好き…だった。うん、俺の妹……モテモテ」

嬉しそうなのか悲しんでるのか…複雑そうな顔しながら翼は言う。
二人とも言ってて、でも結局悲しませて…なんで…更に華音の傍にいないんだよ。

意味がわかんないし分かりたくもない。
今決めた。そいつらは絶対相容れん奴らだ。関わりたくもない。

「なら今度は俺に三度目の正直を下さい」
「……?」

たとえ…華音が蹴を好きって言っても。
それでもやっぱり自分の気持ちをどうにもできない。

華音が好きだ。笑ってくれるならなんだってしたあげたくなる。
泣かせるなんて絶対したくない。
( 俺はシュウってやつやそのコンってやつとは違う )

「………………ふっ」

一瞬だけ翼の口元があがったような気がした。
(もう一度!)と期待して見つめるけれど数ミリも表情に変化無し。

「………………………最大の秘密の鍵はきっと…君」
「へっ……」
「事情を知っている男なら…俺以外にもいるよ」
「……いいんですか」
「………シュウに言ってごらん。『お前何、ちんたらしてるんじゃ。俺が奪っちゃるぞ』
って。今の一字一句間違えずに…ね」
「………………どういう…」
「言えば分かる。…これ以上は…オシに吊るされ…ると思う……。
もしそれでもなにも無理なら……オシかな」
「……オシって誰ですか?」
「…………俺の……………」
「なんですか?」
「忘れた…」
「はぁ?」
「だってもう随分長いこと会ってないし」

何やってるんだオシって人は。

「とにかくそういうことだから」
「はぁ」

意味分からん。

「そしてもう一つ……これ絶対守ってね」
「………はい」

翼は眉間に少し皺を寄せながら言った。

「さっきの話。
シュウの反応とか考えて……アドバイスしてみたけど…。
 あくまで仮説だし……………だけどもしも何か分かっても。
 カノンには絶対に、絶対に、絶対に…秘密にすることを守ってほしい」
「できませんよ!そんなの…第一俺は、約束したんだ。
 一緒に記憶を取り戻させようって!」

翼は難しそうに「うーん」と唸ってから……話した。

「話すと絶対にカノンが…おでんの白滝みたいになる…思うよ」
「はぁ?」

おでん缶に入っていなかった白滝を思い出す。
女子だ好きなやつで…たしか…白い糸が束みたいになって先で結ばれてる。
こんにゃくの複雑なやつ。

「どういう意味ですか」
訊いても翼はもうそれ以上この話題について話すことはしなかった。

                ***

「おーい、伊倉」
「………なんですか、サノ先生」

おもいっきり冷たい言い草になんとなく「うわぁ」と苦笑する。
やはり聞き出すのは無理かもしれない。
機嫌の悪い理由が思い当たらないのだが……。
サノという言葉が妙に棘を感じる。あと先生ってところも強調してる気が…。

だがこちらも…自分の生徒のことをほってはおけない。

「……鷺沢は元気か?」
「元気そうですけど。それが…?」
「………本当に、かという意味で聴いているんだ」
「知りません」
「……そうか」

ならやっぱり自分で会いに行くか…。
職員会議の後とかに時間があるかどうか…まぁ付き合いを断ればいい。

「先生…、なんで…シュウのこと…気にするの?」
「なんでってお前。あいつ俺の生徒だろ?」

紗世はなんだか不意をつかれたような顔をしていた。

なんとなく得意になる。こんな顔滅多に見せないからこの女子高生は。

だが…。

「………うん……、だから私、先生のこと……好きだったな」

噓吐き令嬢スマイルじゃなくて
…屈託のない笑顔をこぼす。


この子は…高校生で。生徒で……。

それで…自分は教師で…担任だ。

保護者はこの子を教師の自分を信頼して預けている。
それを裏切るわけにはいかない。

「はいはい、俺もお前らのこと好きじゃなかったら担任しとらんからな、はははっ」

だからいつものように紗世個人ではなく、全体の対して言う。
嫌いなんかじゃない、と。

それが………利のぎりぎりの表現だった。

紗世は会釈すると、利の前を後にした。
そんな潔い姿を見送りながら…自分はなんだか狐につままれた心持になった。

普段ならここで何か皮肉や文句の一発でもとんでくるか。
噓吐き毒吐きスマイルが発射されているのだが。

「…………なんだ?反抗期か?…それとも」

諦めてくれたのだろうか。
ならば…もう……………いいだろう。後は…このまま担任面して「教師」になればいい。
恩師にでも…なれれば…いいじゃないか…と。

利は自分に言い聞かせた。

                 ***

「サヨちゃん…?ゲーセン好きだったっけ…?」
「実は得意だよ。なんか取ってあげようか」

紗世が珍しく寄り道したい、と言い出して引っ張ったのはゲームセンター。
さっきから膨大な百円玉いりのがま口財布を握り締めて、
すごい勢いでシューティングをクリアしていく。

「飽きた」
「へっ……でも次ボス…最終ステージ」

すでに周りは期待の目でエンディングが訪れるのを観戦しているのにも関わらず。
紗世はその場でやる気を放棄。
次に向かったのはお菓子落とし。
………店員の人が袋持ってきてくれるくらい取れた。

( 少し聴いて欲しいことがあったのに…な )

蹴のことだった。彼の記憶を取り戻すために、心強い味方が出来た。
浅羽 嵜という頼れる男の子。
勉強は苦手だけど、人の名前と顔はすぐ覚える特技があって。
華音の名前をまだ呼ばなくて。
でも隣の席だからかとっても優しくて。

それから学園祭で一緒に仕事して。
ミスした時、そのミスをなんとか助けてくれて…。

うん。もっと凄いことをしてくれた。
前よりもっといい結末を舞台で打ち出してくれた……。

あの脚本-
蹴がおぼろげな記憶を紡いで作った脚本のエピローグを結んでくれた人。

優しい結末を華音に見せてくれた人。
そんな奇跡を持ってきてくれた人だから…手伝ってくれるなんて言ってくれて…
本当に嬉しかった。
今日はそれを報告したかったのに。

( 紗世ちゃん…なんかテンションおかしい? )

とにかくすごい勢いでゲーセンを制覇しようとしてないか?
こんな集中力。すごいの一言。

「ねぇ、カノンはどれとって欲しい?」

次はufoキャッチャーに走り出して、はしゃいでいる。

「……紗世ちゃんそろそろやばい、よ」

学生服でゲームセンターをうろうろしていれば補導員に捕まってしまう。
なにしろゲーセンをすごい勢いでクリアしていっているのだから
余計に目立つ。だがいっこうに構うこと無しの紗世。

視界の端で補導員らしき人物が動くのを認めた華音は、
キャッチャーに集中する紗世の腕をとって速やかに移動した。
あんなに帰るのを渋っていた紗世は、この時だけ素直にいうことを聞いてくれたのだが。

ゲームセンターを出て、全速力で走った。
もう補導員もいないだろう、ってか追えないだろってくらいの距離を走ってきた。
鮫川の河川敷―
もうすっかり夕暮れの茜色が川面をキラキラ輝かせている。
肩で息をするくらい、紗世も華音も走っていたみたいで。
少し、躊躇もあったのだけれど、華音は思いきって…訊いた。

紗世はポツリと言った。

「時間切れなの」
「えっ……………」
「私………高校を出たら大学に行くでしょう?そしたら…もしかしたら彼氏とか
できるかもしれないでしょう?」
「うん…紗世ちゃん…でも紗世ちゃんには」

好きな人がいるって…前。ずっと前。
中学の時に聞いた。だけど相手は誰なのか…そして今も同じ人のことを言っているのか
華音には分からなかったけれど。
紗世は続ける。まるで…他人事のように自分の将来を。

「……だから親が早めに進めようって。お見合い相手との婚約…」
「うんそうお見合い…って。へっ」

耳を疑ってしまった。
素っ頓狂なおかしな声を出してしまった。

「そ……。
 後に四年間もお付き合い。お付き合いの末に…結婚。働かずに…結婚。
 本家にお嫁入りで箱入りに…」

とりあえず…つねってみる。
うん、痛い。夢ではないね。なんだかそんな将来が本当に紗世の歩むこれからだとは
俄かに信じられなかった。

「じゃなくて…サヨちゃんなんでそんなことに従わないとだめなの」
「きまってたことなの…だから…それでも好きだから頑張ってたのにな…」

とっても哀しげだった。そして…諦めもあった横顔。
言葉には紗世の想う相手への気持ちが込められていた。

「…………いつもね。
 一生懸命に……みんなのこととか……クラスの生徒のこととか見てるの。
 で、やる気ないふりして、でも誰よりも………。
 優しく見てるの」
「……サヨちゃん…?」
「やきもち焼くくらいだよ……。そんな性格も優しいところも好きだけど……。
『なんで私のことは見てくれないの?』って。蹴のことだって……」
「………」

華音には紗世が誰のことを言っているのか…分かった。

「こんな気持ち叶うはずないし…無理だってこともわかってた。
 でも何にもしないでただ生徒ではいれなかったの……だって目で追っちゃうんだもん」
「…それって……」
「欠伸とかしてたり、いつもコンビニのオニギリで食べながらなんか
 採点とかしてたり。真面目かなって思ったら、おもいっきり居眠りして教頭に
 がみがみ言われてたり……でもへらへらして…さ」

聴いたことなかった。

……と華音は思い知る。そう…いつも紗世は聴いてくれる。
ただ黙って。そしたら華音は安心を貰っていた。

紗世だけじゃない。祈のことも。
いつだって自分はほとんど聞いている側で頼るだけの側だった。

思い知る。
誰だって自分の心の中で毎日、自分の気持ちに葛藤して折り合いをつけながら
歩いていっていることに。

聴いてもらっていて、それで華音は何を彼女たちに返したのだろう…。
返せているのだろう……か。

紗世の好きな人。
知っているつもりで、その正体に気がつかなかった。
だってその人は紗世自身、気持ちと共に深く秘密にしてきたものだったと思うから。

けれどその人に話しかけるたびに。
きっと…喜びでもあり…怖かったのかもしれない。

「…サヨちゃん…先生の…こと好きなんだね」

でも…諦めてしまうんだね。
今日をもって…。

でもなら明日からはもう目で追わないの?
忘れられる?

「先生」って呼ぶたびに…もうなんの躊躇も不安もなく
ただ「生徒」になれるの?
違うと思う。「生徒」には戻れない。

身をもって分かる。どれほど相手に気持ちが届かなくても、格好悪いほど気持ちは
ついてくる。影みたいについてくる。

声を聴きたい。名前を…呼んで欲しい。あなたの声で。

どうしてだろう。
こんなにも好きなのに初めて出会った恋はとても切ない想いを心に残して
実れないのだろう。

もしも実ることがあれば…それは奇跡なのだろうか。


                    ***

「おいおい…まじかよ」

表札には「鷺沢 蹴」と書いてある。それは病室の表札だった。
まさか入院患者なんて思ってもいなかったのだ。

嵜はとりあえず最初、鷺沢家に訪ねに行ったのだ。
だが出迎えたのは中学生の弟と妹で、二人に聞くと「お兄ちゃんは病院」と言っていた。
鷺沢の弟君の案内でついたのは府内でも有数の大病院。
悪いが滅多にお世話にならないところだ。

とりあえず弟君の先導で中に入ってく。
五階を押して、エレベーターがあがっていく。
エレベーターには鷺沢 駒(弟くん)と嵜と、
「ふぁぁっぁ」と欠伸をあげているのはいつ寝ているのか不明の医師。
ネームプレートには「藍沢」と書かれていた。癖なのかペン回しをしている。
それから無表情に三階で降りていった。

医者ってオーラあるなぁ、と見送る。
扉は閉まっていった。
「あんちゃんの、友達だよな。浅羽さんって」
「えっ、まぁそんなところ……」

―― 「僕、鷺沢 蹴っていうんだ。よろしく。浅羽 嵜さん」 ――
―――「かゆいな…『さん』付けはいいよ。サキでいいって」――
――「ほんと?嬉しいなぁ」――

学祭のときのほんの一幕。小さな邂逅。
本当に嬉しそうな顔して喜ぶから…嵜はすっかり毒気を抜かれてしまった。
こいつ…ほんと………いいやつなんだな。って。
秋人が「調子が狂う」っていうのが分かる。なんだろう…裏表がない。

「…………みんな、あんちゃん、忘れたのかと思ってた」
「はぁ…?あいつ友達多いだろ?見舞いも多いと思ってたけど意外と根暗なのか??」

社交的というか人嫌いじゃないだろう。
すると鷺沢 駒(コマ)は苦笑する。

「うん…あんちゃんは、自慢の、あんちゃんだよ。
 優しくてでもきちんと叱ってくれてさ………俺らにとって両親みたいな人だった」
「……?」
いないのだろうか。もしかして両方とも。

「違うよ。ただ二人とも仕事、忙しいんだ……それだけ」

あぁ、つまりこの駒にとってもあの妹ちゃんにとっても蹴は、父親兼母親代わりだったんだ。…本当にいい兄貴なのだ。

「着いたよ。俺…ちょっと……ついでに行ってくるとこあるから…。
 半くらいにシュウあんちゃんのとこ行くね。先に行ってて」
「あぁ」

                

―――で今に至る。


「緊張するなおい」
とりあえず深呼吸……そしてノックした。

「はい」明るい、呑気な声がする。蹴だった。
学祭であった時と寸分変わらぬ明るさ。
ドアを開けると…風を感じる。
窓が開いていた。白いカーテンがはためいていて…その窓際で窓を閉めようとしていた
蹴が、驚いたようにこちらを見ていた。

だがすぐに笑顔で迎える。

「サキ、来てくれたの?」
「…………」

これって誰かの芝居だろうか。
とにかく、だがせっかく翼の助言を無下にするのはいけないだろう。恥をかいたらかき捨てだ。

「『お前何、ちんたらしてるんじゃ。俺が…あいつ……奪っちゃるぞ』」

「あいつ」というのはもちろん華音のことで…
嵜にとってはささやかながらの挑戦状を叩きつけている。

翼の言うとおり言ってみた。

馬鹿みたいなことだと肩をすくめるのだが…蹴の目が…大きく見開いた。

まるで…「嘘だろ」っていうくらい驚いて……。

「コっ……」

言いかけたことを消すように、窓を閉め、ベッドに座る。
その反応を見逃すつもりはない。

「座りなよ……」促す蹴。
「………」注意深く蹴を観察しながら、席に座る。

いま蹴は誰を言おうとした…?そしてなぜやめた。
( だってこれは…この真似は )

椅子に座る。そして…真っ向勝負に出た。

「…『コンチャン』って呼ぼうとしてた…な」
「そうなの?」
だめだ。こいつはぐらかすつもりでいる。それは…そしたら…解決にならない…!

「……………シュウ、『悪ふざけすんじゃね!』…」
「…………サキ君怒るよ」
「なんで怒るんだよ。こっちの台詞だ……返答によっちゃあ、俺のほうがお前殴るぞ」
「………」

溜め息をついた。それは身体中の怒りを…吐き出す想いで。
もしかしたら…目の前のこいつは。

「…なんで……事故以降いろんなこと忘れた、いまのお前が『コンチャン』を覚えてる。
 事故で忘れたはずだよな!!以前のこととかいろいろさ!?
シュウ……!!お前………………………」

蹴の目が鋭く、こちらを見返した。それは警戒を込めた眼差し。
それを見返した時、嵜は分かった。

「お前……忘れてなんかないんだな」
「…………」
「お前………『コンチャン』のことわかるんだな」
「……………サキ君……お願い黙ってて」
「ふざけんなよ」

蹴の胸倉を掴む。

「田嶋が…どんな想いでいるのか知らないわけないよな?お前が!」
「………」
「あの劇も…脚本も…どんな想いでお前に考えさせて、そんで上演したか…。
 どんな気持ちで…あの礼拝堂に毎回いるのか…
分かってるよなぁ…わかんなくないよなぁ…えっ、シュウちゃんよぉ…」
「…………」
「全部お前の為なんだぞ………。お前を…取り戻したくて…。だから」
「………それでも僕は『僕がいる』ことをカノに言うつもりはない。
 カノだけじゃない…みんなにだって…僕は…もう望めない」

こいつは華音だけじゃない。慕っている家族とか、友達とか
そんなみんなにも嘘をつき続けるつもりでいる。

「知るか…俺が話してやる」

そしたら…華音は喜ぶだろう。弟の駒だって、あの妹ちゃんだって喜ぶはずだ。
そして華音は……喜んで………………それから…………蹴のそばにずっといるだろう。

だって華音は蹴のことが好きだから。

「それだけはやめて欲しい…誰にも…言わないで」
「黙る理由が俺にはない」
「あるよ、カノのことを好きなら」
「…てめぇ」

殴ろうと思って、片腕をあげても、目をつぶったり守ろうともしない。
「黙って欲しい」その願いは取り消さない、とでも言いたいように。

「…今日の僕は…明日になればいなくなる…僕は月日と一緒…また新しい一日が始まり、新しい僕がそのたびに生まれる」

「……消えるって…??なにいってるんだ」

「………僕はカノに何もあげれるものがないんだ。
 サキみたいに、傍にいて学校生活を一緒に過ごすことも……。『あの頃の僕』がカノに好きだと言った。
 でももう、僕はその資格もないし……現実問題…覚えられない」

「……どういうこと…だよ」

「さらにいえば僕はもう長くない。脚本みたいな設定だよね。でもそんな男がカノを幸せに出来るわけない。
 もう、泣かせたくないんだ。だから………カノの想いを受け取るのは…………………サキくんがいい」

「長くないって…なんだよ」

―― ………カノンを…泣かせることだけは…しないで欲しかったな ――翼の言葉が甦ってくる。

こいつは……こいつなりに華音のことを考えた。
考えて…それで忘れ続ける嘘を吐く。
周りにも、大好きな華音にも。このまま噓吐きで死ぬのか…?
第一泣くだろ?
華音は…たとえお前が華音の想いを受け取っていた自分自身を覚えてないふりをしてたって。
最愛の人が死ぬことには変わらないのに…………。

「おまえ、でも思い出すだろっ??いつもいつも思い出してるだろっ…
 だったら…さ。好きって気持ちだって覚えてるんだよっ」

( 俺に、彼女を慰めろって…いうのか………
 どんな想いで言っているんだ?シュウ……悔しくないのかよ………。お前だって…絶対まだ…好きなんだろ?)

「……………なんでそんなの俺に言うんだよ。それに…なんで…俺でいいんだよ」

蹴は笑う。
なんでこいつは恋敵にこんなにも穏やかに笑うことが出来るのだろうか。
…余裕か?それとも…一種の悟りの境地か??

「話しやすいから…サキ君には」
「………??ほとんど初対面なのに??」
「………カノが言ってたよ。サキ君にはじめて会った時……驚いたって………」
「…………???」
「コンチャンが…帰って来たかと思ったって」

息を呑んだ。

そういう意味か。
だから翼は言ったのか…最大の鍵は君…、っと。

「……そっか……だからお前…真似したら…あわてて思わず…『コンちゃん』って…」
「………ごめん」
「ひとつだけいいか?そいつの名前なんていうんだ」
「近藤…近藤信吾……」

椅子を立つ。心が混同していて落ち着かない。
病室をあとにしようとしたが、ドアのぶに手をかけた時、蹴が必死に呼びかける。

「お願いだ……一生のお願いだから…。
誰にも…今この病室であったことは…言わないで」
「お前…めちゃくちゃややこしい奴だよ。もっとわかりやすい奴を目指してくれ」
「サキっ」


―― …だけどもしも何か分かっても。
   カノンには絶対に、絶対に、絶対に…秘密にすることを守ってほしい ――

唾を飲み込む。このことを…華音に話したら…今はまだ…混乱している
嵜にはどんな局面になるのかが予想だにできない。

「分かった。誰にも言わない。……だけど…もっと俺を納得させてくれ…。
 コンチャンじゃ、ないんだ…俺は」
「うん……分かってるよ」
「また…な」

蹴の病室のドアを閉めた。

「蹴くんのお友達、か?」
「…違います」
「ふーん」

と言いながら前を通り過ぎるエレベーターのあの医師。
思わず話しかける。

「蹴…は……助からないんですか……?」

藍沢という医師はペンを回す。逆に質問してきた。
意地悪そうに微笑んで。

「……助かって欲しい?欲しくない?」
「欲しいですよ」

このまま噓吐きで…誰にも本当の気持ちを言わずに死んでいく蹴を逝かせて言い訳がない。助かって欲しい。
そしたら…もう嘘吐かなくていいんだろ?
だってあいつは……きっと……すっごくやさしいやつだから。

第一なんで「助かって欲しくない」なんていいやがる。
医者の癖に。

「ほぉ…」と感心する藍沢。
で、ポンポンと小さい子にするみたいに頭を撫でられる。

「馬鹿にしてんですか?」
「いや、偉いなぁと思って……ケンカしたんじゃないのかな?と思ってたから。
 すんげぇ不細工面で床、睨んでたし」
「………………近堂 伸吾。あだ名はコンチャン…って知ってますか?」
「あぁ、知ってるよ。ここに搬送されたからね」
「……何処にいますか」

藍沢医師はただペンを上に向けた。
「……空の上」
「………冗談きついな…」
半ば冗談であればと思って。
「まじで言ってるよ…。力及ばずだった」とかえされる。

シュウ、コンチャン、サヨ、オシ、カノン…この全員がこれで二度と揃うことがない。
そんな嫌な通告のように思えた。

「………手術さえできれば……助けれたよ」
「本当にその言葉本心なら…助けろよ…。あいつくらい…」
「人間っていう社会の生き物にはいろいろ難しい条件があるんだ高校生」
「………?なに??」
「聴いてもお前みたいな高校生じゃ…どーにもできならん」

言いながら藍沢医師は踵を返し、軽やかにいなくなって行った。
一人取り残される。あと数分したら…鷺沢 駒が戻ってくるだろう。
………それまでにどうにか今起こったことを

心を整理するのに必死だった。

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